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真夜中のティータイム

気になった事を気ままに書いていくブログです。 映画、アニメ、小説(SF、ミステリー、ファンタジー)、 ゲーム(主にRPG、格ゲー)の話題が中心になると思われます。

サラは再び、帰途のために森の道を歩き始めた。
まだ陽が暮れてない時間であっても、森の中は薄暗い。
しかも夕暮れが近づくこの時間に今こうして森の中を歩いていると、その気味悪さをひしひしと感じる。
しばらく歩いていると、何か声が聞こえたような気がした。
「き、気のせいよね」
サラは自分に言い聞かせる。
だがしばらく歩くとまた…。
「うっ、うっ、うっ…」
今度ははっきり聞こえた。
その声は泣き声とも、呻き声ともつかない声だった。
ただ明らかにその声の持ち主が女性であることが分かった。
この声を聞いたとき、サラは全身に悪寒が走った。
そしてじわじわと恐怖が湧き上がってくる。
「まさか、幽霊」
サラはぽつんと呟いた。
さすがに怖かった。
だが、恐怖より好奇心の方が強かった。
サラは心の底から湧きあがる恐怖をこらえて、声のする方へ歩いていった。
周りは木や草が生茂り、ほとんど視界が利かなかった。
サラはただ、声を頼りに前進していった。
先ほどまでは泣き声とも呻き声ともつかなかった声が、段々とはっきりしてきた。
「た…、…、…、て…、…、け…」
明らかに何かの言葉だ。
サラはさらに前進していった。
「た、助けて…」
サラはぴたっと立ち止まった。
「助けて?」
サラはその言葉を繰り返した。
明らかに、何者かがいる。
それも幽霊でなく、生きた人間だ。
それも助けを求めて…。
そう確信したサラは、いっそう足早に森を進んでいった。
もうサラには恐怖はなかった。
この先にいる人を助けなければ…、そう思うだけだった。
やがて視界が開けた。
そこはサラが始めて来た場所だった。
そして、同時に実に奇妙な所だった。
そこは少し拓けた場所になっており、一面に石が散らばっていた。
それも普通の石ではない。
それぞれが人間の顔や手や足の形をしていた。
石像を壊して、ばら撒いた…そう言う印象だった。
しばらく、その石を見ていたサラだったが、やがてぐるっと周囲を見渡した。
そこは一方が切り立った崖になっており、一つだけ洞窟がぽつんと口を開けていた。
人ひとりは入れるくらいだろうか?、さほど大きくない洞窟だ。
サラは恐る恐る洞窟の中を覗き込んだ。
中は漆黒の闇だった。
闇の行き着く先どころか、足元さえも見えない。
これにはさすがに中に入るのに二の足を踏む。
しかも、あれだけはっきりと聞こえていた声が、先ほどからぷつりと聞こえなくなっていた。
大体、あれは声だったのだろうか?
今考えてみると、どちらかと言えば、直接頭の中に聞こえてくる感じだった。
そして周りはいよいよ闇につつまれてきた。
「道具もないし、このままではどうしようもないわ。今日は一旦家に戻りましょう、そして明日出直しましょ」
サラは仕方なく、帰宅の途についた。

「第2話:闇からの声 #4」へつづく

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朝食が終わり、サラは世界樹に向かって出発した。
世界樹に向かうには、途中、迷いの森を通り抜けなければならない。
もっとも通り抜けると言っても中心部を通るわけでなく、ほんの少し脇を抜けるだけなのだ。
しかも子どものころから来ているので、道はよく知っている。
しかし、先ほどサラがおばあちゃんとの会話で一瞬言葉に詰まった訳は、この迷いの森のためだった。
実は山小屋の近くにある村で、ある噂話を聞いたのだ。
それは村のふたりの女性が話していた会話だった。

「ねぇ、ねぇ、聞いた、聞いた」
「何の話?」
「出るらしいのよ、迷いの森にこれが」
女は両の手を前に垂らした。
「幽霊、ってこと?」
女はそれを肯定するように肯いた。
「へぇ、それは初耳だけど」
「実を言うと、私もさっき聞いたばかりなんだけどね。でも、もう既に5~6人があってるらしいよ」
「幽霊に?」
「…って言うか、声に」
「声?……ですかぁ??」
「そうそう、声。姿は見えないらしいんだけど、夕暮れくらいに通りかかると声が聞こえるそうよ。だから、もし森に行くなら、陽があるうちに森を抜けたほうがいいよ」
「まぁ、森に行く用事なんて、ほとんどないけどね」
「ハハハ、確かにそうね」
サラは決して臆病者ではなかったし、この話も単に噂話に過ぎないだろう。
だが何か、不安に感じさせる何か、それは予感と言ってもいい何かがあったのだ。

森の中で鳥のさえずりが聞こえる。
サラは森の中をほぼ北へ真っ直ぐに歩いて行く。
やがて北へ向かう道とは別に、西へ曲がる道が見えてきた。
西へ曲がると、世界樹のほうへ行く。
サラはいったん足を止めて考えていたが、やがて決心したかのように西へ歩き出した。

しばらく歩くと視界が開け、目の前に大きな樹が見えてきた。
世界樹だ。
世界樹はその名の通り、大きな樹だ。
枝は天に届くほど高くそびえ、幹の太さは数人の男達が取り囲めるほど大きい。
根がどこまで伸びているのかは、想像もつかない。
世界樹と言う名前を誰が呼び始めたのか、それが本当の名前であるのか、サラは知らない。
しかしサラは子供の頃から、その樹を世界樹と呼ばれていた。
そして、側にいると心休まる暖かな樹だ。
まるで母親のように…。
サラはそんな世界樹が好きだった。
その世界樹が今日も暖かく、サラを出迎えてくれた。

しばらく世界樹を見ていたサラだったが、やがて「お使い、お使い」と近くにある薬草の側に座った。
そして呪文を唱えながら、薬草を取る。
これが昔からの習慣なのだ。
やがて必要な薬草を取り終えたサラは、ふっと息を吐いた。
そして立ち上がり、世界樹のほうへ歩いていた。
サラは世界樹の側に座り、頭を預ける。
流れる白い雲、透き通った青い空、遠くで聞こえる鳥の声。
心安らかで、心地よい時間が流れ行く。
サラはうとうとし始めた。

それから、どのくらいの時間がたっただろうか。
サラがふと目を醒ますと、陽が西に傾いていた。
「もう夕方だ。帰らないとおばちゃんが心配する」
サラは慌てて立ち上がり、森の中へ駆け出した。

「第2話:闇からの声 #3」へつづく

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「春のそよ風」亭の主人が、訪れる旅人たちから冒険談を聞くようになってから、もうかなりの年月が経った。
そのため、その数はもうかなりのものになっていた。
それらの話の中で、何度も登場する名前がいくつかあった。
そのひとつが、魔法使いサラの名前である。
主人が知る彼女の冒険談だけでも、すでに両の手の指以上はあった。
それだけ多くの冒険をしてきた魔法使いなら、一度は会ってみたいと思うのだが、それは未だに叶わなかった。
さて、その数多い彼女の冒険談の中で、以下に述べる話はたぶん彼女の最初の冒険談だろうと思われる。
話は少し暖かい風の吹くある朝に始まる…。

チュン、チュン、チュン…。
朝の訪れを告げる小鳥の声が聞こえた。
「もう、朝か」
少女はゆっくりと目を開けて、呟いた。
ここは森の中に立っている山小屋の中だ。
少女の名前はサラ、この家でおばあちゃんと二人暮しをしている。
年の頃は14~5歳だろうか?
まだ、少女と言っても良い歳だ。
栗色の髪は腰まで伸び、少し色の白い肌が少女に儚げな印象を持たせていた。
…と同時に、きりっと引き締まった口元は彼女の意思の強さを物語っていた。
サラは布団から抜け出すと、素早く普段着に着替えた。
上はシャツ、下は膝下まである少し長めのスカート。
質素なものではあるが、森の中で生活に対応できるほど丈夫な作りである。
着替え終わったサラが台所に向かうと、何とも良い匂いがしてきた。
「今日の朝食は、おばあちゃん特製のスープね」
サラの顔に微笑みが浮かぶ。
「おはよう、おばあちゃん」
「おはよう、サラ」
返事をしたのは、年老いた老婆だった。
その老婆は、既に70歳を超えていると思われる。
手や顔に刻まれた皺が、その年齢を表している。
ただ老婆の顔の作りは決して悪くなく、いや、むしろ昔はきっと美人であったのだろうと思われる。
そして、皺に刻まれた顔の奥からのぞく黒い瞳。
その瞳は暖かな光を放っており、その光はサラに注がれていた。
その表情から、この老婆がサラのことを大切に思っている事が苦もなく想像できる。
席に着いたサラは、さっそくおばあちゃん特製のスープを飲みだした。
「相変わらず、おばあちゃんのスープは美味しいわ」
「おや、おや、お世辞を言っても何も出ませんよ」
「お世辞じゃないわ、本当のことよ」
サラは少し頬を膨らませて、そう言った。
朝食が終わりかけたとき、おばあちゃんが口を開いた。
「サラ、お使いを頼まれてくれない?、少し切れかかった薬草があるので、取ってきて欲しいの」
実はサラのおばあちゃんは魔女だ。
…っと言っても人に害をなす悪しき魔女ではない。
薬草から薬を作り、人々の病気や怪我の治療をしている“賢い女”と呼ばれる女性だ。
そのため、皆からの信頼は厚く、この山小屋から少し歩いたところにある小さな村から、その薬を求めて村人がよく訪れる。
「いいわよ」
サラはすぐに答えた。
「必要なものはこの紙に書いてあるわ。そうねぇ、この近くなら、世界樹の近くにあると思うわ」
「…」
サラは一瞬、言葉に詰まった。
「どうしたの?」
おばあちゃんはサラの態度を不審に思ったらしい。
「なんでもない、分かったわ」
サラはすぐに明るく取り繕ったが、おばあちゃんは何か不安を感じたようだった。

「第2話:闇からの声 #2」へつづく

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いや、考えでなかったのかもしれない。
それはたぶん本能だったのだろう。
剣を捨て、火のついた焚き木を“それ”の体に突き刺す。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
夜の沼に響く声!
さらに先ほどの壊れたランタンを投げつける。
ランタンが“それ”に当たり、砕ける。
そして飛び散った燃料に火がつき、“それ”は一気に燃え上がった。
“それ”が燃える火で、辺りは一気に明るくなる。
ジュル、ジュル、ジュツと音を立てて燃える、“それ”。
「や、やったかぁ」
だがまだ、“それ”の触手はふらふらと動いてる
「まだ致命傷ではないのか?」
そのとき、“それ”の体に変化が起きた。
その中心部に淡い光が溢れ、何かを形作っていく。
光は中心から五つの方向へ延び、やがて人間のような形になっていく。
このとき、アルトゥールにふと先ほど拾った指輪のことを思い出した。
そして、その指輪を光に投げつけた。
周囲が一面、明るい光に覆われる。
やがて光は天に向かって伸びていき、やがて消えていった。
まるで浄化されるように…。

翌朝は霧も晴れ、前日とはうって変わって天気のいい日だった。
沼から抜ける道も見つかり、アルトゥールは遂に湿地帯から抜け出した。
しばらく進むと、村が見えてきた。
食料と日常品の補給のため、雑貨屋と思われる店に入った。
食料を買い、店を出ようとしたとき、アルトゥールはふっと思い立ち、店主に聞いてみた。
「エリク、もしくはリアと言う名前に聞き覚えはないか?」
「どこでその名を」
アルトゥールは拾った指輪のことを話した。ただ闇の中の怪物のことだけは話さなかった。
「ああっ、知っているとも」
店主は言った。

「エリクとリアと言うのは、昔この村に住んでいた男と女だ。
ふたりは恋人で、将来を誓った仲だった。
二人は幸せな毎日を過ごしていたが、ある日、突然にその関係が崩れた。
原因となったのは、この村にふらりと現れた女だった。
その女はベリトと言い、美しい顔と派手な外見をしていた
まだ若く世間知らずだったエリクは、そんなベリトに一目惚れしてしまった。
やがて、当然のようにエリクはベリトと共に、この村を出て行ってしまった。
しかし時が経つにつれ、ベリトの美しい外見とは裏腹に、彼女の身持ちの悪さが分かっていく。
そして、当然のように二人に訪れた破局。
ベリトと別れたエリクは、失意のまま、この村に帰ってきた。
だが彼は村で、もうひとつの悲劇を知った。
彼が村を出た後、ひとり残されたリアが悲しみに暮れ、沼に身を投げたらしい。
エリクは後悔した。
自分の犯した取り返しのつかない愚かな過ちに。
そしてエリクは彼女を供養し、二度と村を離れることはなかった」

アルトゥールは考えた。
「…となると、あれは未だに怨みの炎を燃やすリアの霊だったのか。それともリアの悲しみの心に住み着いた悪霊だったのだろうか」
あのとき、指輪をかざしたことでリアは救われたのだろうか。
アルトゥールには分からなかった。
でもそう思いたかった。

「ところでエリクは今でも生きているのですか?」
「ああっ、生きているとも。あんたの目の前にな」

---「第1話:嘆きの沼の黒い影」:完---
「第2話:闇からの声 #1」へつづく

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しばらくじっとしていたアルトゥールだったが、やがて荷物の中からランタンを取り出し、火をつけた。
そしてすばやく手を伸ばし、ランタンを掲げる。
一瞬にして周りが明るくなる。
と、そのとき、ふたつの黒い影が飛んできた。
ひとつはランタンに当たり、その拍子に手からランタンが落ちて壊れてしまった。
もうひとつは、アルトゥールの顔のすぐ側をかすめる。
もうホンの少しでもズレていたら、ただではすまなかっただろう。

しばらくアルトゥールは様子を見ることにした。
やがて、何かがこちらに近づいてくる気配がした。
じり、じり、っと近づいてくる何か。
近くに置いていた剣に手をかけるアルトゥール。
そしてもう一方の手を焚き火に伸ばし、中から火のついた木を一本取る。
その間も何かが、じり、じり、じりと近づいてくる。
アルトゥールの額には、汗が…。
たぶん、もういくらも距離が開いてないだろう。
意を決め、アルトゥールは焚き火の木を投げる。
「ぎゃぁぁぁぁぁ」
すぐ目の前で焚き火の木がそれに当たり、それはまるで人間のような声を上げた。
そして一瞬ではあったが、それの姿を見ることが出来た。
なんと形容したら、いいのだろう。
闇にうごめく闇を言ったら良いのだろうか。
闇より更に黒い球体のようなものから、無数の触手のようなものが延びていた。
そしてその触手がクネクネと動き回っている。
さすがに百戦錬磨のアルトゥールでさえ、息を呑んだ。
これがこの世の生き物なのか?

火が消え、周りは再び闇に包まれた。
「とにかく、相手の動きを気配で掴まないと」
静かに目を閉じ、精神を集中させる。
じり、じり、じり、じり、じり…。
やがて空気に乱れが生じた。
あの触手が向かってくる…。
察したアルトゥールは剣で、触手を払いのける。
そして次の動作で、その生き物の胴体があると直感した部分に剣を刺す。
手ごたえはあった。
だが、手傷を負わせたとは思えなかった。
「剣ではダメか」
だがそのとき、アルトゥールはある考えが浮かんだ。

「第1話:嘆きの沼の黒い影 #3」へつづく

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「どうやら、道を間違えたようだ」
アルトゥールは愛馬に乗り、湿地帯を進んでいた。
水分の多い土がぴちゃ、ぴちゃと跳ね、前進し難い。
また異様に湿度が高く、不快だった。
「何とか早く、この湿地帯を抜け出さなければ」
先ほどから何度も自分に言い聞かせてきた言葉だが、未だにこの湿地帯から抜ける方法が分からない。
それどころか、どんよりと曇った天候のため、方向さえ掴めなくなっていた。
しかも更に悪いことに、段々と周りが暗くなり始めていた。
どうやら、夕刻が近づいているらしい。
日が完全に落ちてしまうと、まったく身動きが取れなくなってしまう。
それでなくとも周りに人家もなく、明かりもないのに。

しばらく進むと、人間一人が何とか腰を下ろすことができる小さな岩場があった。
アルトゥールは遂に観念して、そこで一晩夜を明かすことにした。
しばらく腰を下ろして、周りを見る。
正面に沼がある。
どのくらいの深さがあるのか、見当もつかない。
まるで、すべての物を飲み込んでしまいそうな沼だ。
そのとき、近くで何かキラッとする物が目に入ってきた。
視線をその場所へ移してみると、それは金属のようだった。
さらに手に取り、間近で調べてみる。
指輪だ。
内側には、何か字が彫ってあった。
水で洗うと、文字がはっきりしてきた。
そこには、「エリクからリアへ」と書いてあった。
「恋人から恋人へ送ったものだろうか。しかし、それが何故こんな場所に」

やがて陽が落ち、周りは闇に包まれる。
近くにある出来るだけ乾燥した木を集め、火をつける。
そして愛馬から寝袋を下ろし、それに包まり横になった。
何の物音もしない静寂の中、聞こえるのはパチパチという火の音と、愛馬の息づかいだけ。
アルトゥールは目を閉じた。

それからどれだけ時間がたったであろう。
愛馬の様子の変化に、アルトゥールは目を覚ました。
普段は大人しい愛馬が荒い息をさせ、落ち着かない。
異変を察ししたアルトゥールは、神経を集中させる。
すると何かが動く気配を感じた。
目の前…まっすぐのところ。
確か、沼があったところだ。
周りはすでに闇の中、何も見えるはずがない。
ただその闇で何かがうごめいているように感じる。
そして、その何かの殺意も。
「いる」
アルトゥールは今、確信した。
f001.jpg








「第1話:嘆きの沼の黒い影 #2」へつづく

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春の温かい風が吹く中、ひとりの旅人が森の中を歩いていた。
ここは、城壁都市と異名をとるキルキミーから、ワィックロウ山脈へ向かう途中の森の中。
小鳥たちの春を祝う声が、木々のささやく葉音が聞こえていた。
やがて、森の木の陰から木造りの少し大きめの小屋が見えてきた。
その小屋の入り口には看板が下がっており、そこには「春のそよ風」亭と書かれていた。
旅人はその中に入っていた。

小屋の中は酒場になっていた。
客は旅人のほかには、剣士らしき男が一人だけ。
その剣士らしき男は奥の席で、酒を飲んでいた。
更に店内を見渡すと、奥に階段があった。
どうやら2階が宿屋になっているらしい。
つまり酒場兼宿屋と言った作りになっているようだ。

「何になさいます」
この亭の主人と思われる初老の男が話しかけてきた。
髪のほとんどは白くなっているが、体はがっちりしていた。
もしかしたら、この男は昔剣士だったのかもしれない。
だが顔は温和で、人の良さそうな感じだった。
「お決まりになりましたらお呼びください」
その言葉にはっとなり、旅人は思わずエールを頼んでしまった。
「昼間から酒か」、旅人は苦笑する。

主人がエールを持ってきたときに、旅人は主人に話しかけた。
「実はここにくると、色々と面白い話を聞くことが出来ると聞いてきたんだが」
そうキルキミーはまだしも、ワィックロウ山脈に向かっても単に険しい山があるだけだし、その中でも最も高いドラゴンが棲むと言われる魔の山に近づこうとする者はまずいなかった。
つまり、ここは人があまりやってこない場所にあるわけだ。
そんな場所なのに、少ないとは言え絶えず客がいるのは、主人から聞く冒険談…これが理由だったのだ。
勿論、これらの話は主人が体験したものでなく、主人がこの亭を訪れた者から主人が聞いたものなのだが。

「別にそんなに知っている訳ではないですよ。で、どんな話が良いんですか?」
「どんな話でも構わないよ」
「そうでかぁ、では、ここからずっと西南に行ったところにある沼の話なんてどうでしょう」
「うん、それで良いよ」
「実は昔、この店を訪れた騎士から聞いた話なのですが、そこは嘆きの沼と呼ばれているらしいのです。その騎士が若い時、その嘆きの沼に足を踏み込んだときのことなんですが…」

(「第1話:嘆きの沼の黒い影 #1」につづく)

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